今月中に何とか一作書き上げたい!!
『しまった!』
山道を猛スピードで駆け下りていた時だった。
暗くなるまでには山を降りなければと焦っていたのは事実だ。
バチンという音と共に細いワイヤーが足に絡まり、あごが地面に食い込むほどの勢いで前に倒れた。
地面との猛烈な接触の衝撃が、体の各部をしびれさせた。特に痛みが激しかったのは、ワイヤーが巻きついた足だった。皮膚がめくれて血がにじみ出ている。
くくり罠と呼ばれるイノシシ用の仕掛けが施されていたのだ。
筒の縁に輪にしたワイヤーを引っ掛け、地面に埋めた筒の底を踏み抜くと、筒が抜けて足にワイヤーが食い込む仕組みだ。
『痛っ』
もがけばもがくほどワイヤーが足を締め付ける。
食い込んだ罠が足から抜けないように、ワイヤーの戻り防止金具が利いているようだった。
『クソッ。こんな所で』
夕暮れ時の山中には人影も無く、助けを求めて叫んだ所で事態に変化は無い様に思われた。
私を待つまだ小さい子供たちの顔が思い浮かぶ。
一男(かずお)次男(つぐお)三男(みつお)姫(ひめ)花(はな)
もちろん今となっては母親として体も丸みを帯び、貫禄が増してしまった我が伴侶の顔も、
なぜか若い時のまぶしいほどの笑顔が思い出された。
遅い帰りを心配して、誰かが迎えに来てくれないだろうか?
そう思った時。背後の草むらで物音がした。
助かった!地獄に仏とはよく言ったのもだ。辺りが暗くなっていく中、そこだけが光り輝いて見えた。
「助けてくれ」
ジタバタともがきながら何とか気を引こうと試みる。足に巻きついたワイヤーを外してもらえないだろうか?それほどの力が無いのなら、せめて話し相手になって欲しい。
この場から一歩も動くことが出来ない孤独は、心細く、生き抜く気力さえ失いかける。
「とにかく、こっちに来てくれ」
そんな声に反応するかのように、物音が近づいてくる。
「よかった」
しかし、草むらから顔を出した男は、こちらを見るなりとぼけた声を出した。
「おお。これはこれは、でっかい獲物が掛かっているな」
足を取られて動けずにいるこの光景が、よほど間抜けに見えるのか、猟銃を抱えた男は、ニヤニヤしながら近づいてくる。
何笑っているんだ。男の態度に腹が立ち大声で怒鳴った。
それでも男はひるまない。
そうか、この男が仕掛けたのか。
倒木や岩を使って、ここに導かれた。今思えば自分の不注意だったのだ。
こうなってしまったからには、私で良かったと思うしかない。私がここでこうなったことを知れば、他のみんなは慎重にここを通るだろう。
覚悟を決めた私に向けて、男が猟銃を構えて言った。
「何人分のシシ鍋が出来るかな」
ためらいも無く響く銃声は、辺りの空気を震わせ、一瞬山が震えたかのように思えた。
「いかがでしょう?ご隠居」
春の陽を浴びながら縁側に腰掛けていた中年男が、顔をほころばせながら言った。
「なるほどなぁ」
ご隠居と呼ばれた老人は、縁側近くまで運んだ座椅子に背中を預けるようにして、大きく頷いた。
<つづく>