祝!初リポート!!

昨日の高校野球でさよならのゲームがありまして、九回ツーアウトからの大逆転で勝利したゲームの試合後に、新人女性リポーターがスタンドからの感想を入れるというのでカメラにつきました。
『いやぁ凄かったですね!結果的にさよならですよ。最後の最後に大逆転。ゾクゾクしましたね』と、とにかく凄いことだから驚きを強調した感じでリポートをするという。

まぁ悪くはない。だけど、ぼくならこうだ。
『一点を追う九回裏の攻撃。ツーアウトながら次々と塁が埋まっていって、ついには満塁状態。どちらが勝つのか最後の最後まで手に汗握る展開でしたね』ぐらいのリポートを考えた。

最後の臨場感をどう伝えるか?

一点を追う。ツーアウトで後が無い。次々と塁が埋まる。この後が無い感じ。追い込まれる感じ。これをコメントで臨場感として伝えたい!
特に強調したいコメントは『ツーアウトながら次々と塁が埋まっていってく』
これは怪談の『その世界に追い込む感じ』に似ていると思う。

そんな感想の〆は
『試合後、負けたチームだけでなく勝利を手にしたチームも涙していたのが印象的でした。いい試合を見させてもらいました』的な感じで印象に残った場面を紹介して終わります。

だけど、こんなコメントを『リポートをするのは今日が始めて』という人が言ったらおかしいじゃん!

新人なんだから新人らしく『らしいリポート』をしないと気味が悪い。だから、言わなかった。後出しじゃんけんのようで新人リポーターには悪いけど、とりあえず自分で考えたことをやらせて、終わってから僕ならこんなリポートを考えましたと言っておきました。
高校野球のはつらつとしたプレーに似た新人リポーターの一生懸命のリポートで、ここはひとまずOKでしょう。でもこれで、彼女が二年生三年生のリポーターでこのリポートだったら最初に言っておいたかも!

現場で新人にあれこれ言っちゃう人がいるけど新人だからこそ出来るリポートもある訳で、最初から上手いなんてまぁありえないからね。

オイル交換!!

長年肩でカメラを担いでいたせいか?肩に痺れがあり、右手の小指も痺れているし、最近は親指も動きが悪く、中継時にパーン棒に取り付けたリターンスイッチを押しているだけで、腕がつりそうになる。

先日オートバイのオイル交換をして、これからも現場にバイクで駆けつけて取材活動を続けるつもりだけど、体の老いた部分も交換したい!まさに老いる交換。

ありがとうございました♪

交差点で何を撮るか!!

 今回『文』のお話なんですが、
例えば『交差点』で何を撮ればいいのか? (取ればいいのか・ピックアップすればいいのか)
クラクションの音。
バスのブレーキの排出音。
バイクのいかれた空ぶかし。
横断歩道ののどかな電子音。
人の騒めき。
これで 
『スクランブル交差点』?

これだけだと、いまいち情報が少ないのではないかと思います。交差点としての情報。時代を示す情報。街の大きさを示す情報です。
 なぜかといえば『音』にしか気持ちが行ってないから。

『行きかう車のクラクション。唸りを上げる排気音。上に伸びる商業ビルの電光掲示板には本日の天気晴れの文字が流れ、対面する巨大モニターには朝のニュースキャスターをつとめる女性の整えられた顔が大写しになっていた』
『それではみなさん、いってらっしゃい』
『番組の終了と共に信号がかわった。横断歩道ののどかな電子音が、横一線に並んだ団体の行進を促す』

 このくらいの描写をすると、時代背景や空気感が見えてこないだろうか?

 わざわざ何人ぐらいの人がいるなどと描かなくても『横一線に並んだ団体の行進』で、それぞれのイメージで、朝の交差点の人数を想像してもらえばいいし『番組の終了と共に信号がかわった』『横一線に並んだ団体』『行進』などの言葉で、時計仕掛けな雰囲気を感じてもらうなどの工夫をしてみる。

『朝のニュースキャスターをつとめる女性の整えられた顔が大写しになっていた』では、その時間から作られた商品、朝早くから仕上げられた顔や表情を感じてもらい『作られた感』を演出します。

この時、ポイント(信号が変わるキッカケ)となる女性ニュースキャスターに何と言わせるか?
『それではみなさん、いってらっしゃい』で充分な役目を果たしそうです。これを
『それではみなさん、今日も元気に行ってらっしゃい』などと『今日も元気に』など飾り付けが必要かどうか?

本題に沿っていれば入れてもいい『今日も元気に』ですが、入れることで話しがややこしくなる場合もあるので、注意が必要かと思います。

道路閉鎖

 ある感想欄で『ほぼほぼ状況説明の『説明文』のようでした。実況の文章で外面(そとづら)だけ取り繕っていて、内面が見えてきません。状況を書くことだけに必死になり、感情の起伏やその伝え方・表現方法を見失っている状態じゃないかと思います。
行動だけを見せるのではなく心理を見せる感じだと思います』と書かせてもらい、そのことなのかどうなのか?ぼくの意見が矛盾していると考えている人もいるようですが
『ニュースキャスターをつとめる女性の整えられた顔が大写し』『番組の終了と共に信号がかわった』『ニュースキャスターをつとめる女性の整えられた顔が大写し』『横一線に並んだ団体』『行進』などが心理、心情なのです。

見る人によっては『ニュースキャスターをつとめる女性の整えられた顔』は『整えられた』と感じないかも知れないし
『大写し』もそれほど『大写しと思わない人がいるかも知れない。
『番組の終了と共に信号がかわった』というのも思い違いで『そこ』に因果関係を感じる人もいれば感じない人もいる。
同じように『横一線』『行進』など、見る側の気持ちの表れとなっているのです。

ラムネのごとき

ラムネのごとき
    二人の出会いを喩えるのなら
          その頃人気のあったラムネのようなものですね。
    ぼくが突起を押し当てて吸い口のビードロを中に押し込むと、
         それまで透明だったサイダーが驚いて、シュワーッと白く泡立つのです。
   漏れ出す泡に口を付け、一気に飲もうとするとビードロの玉が邪魔をする。
   そんな僕を見て、きみは笑ってました。
   そんな二人の仲でした。
   少しづつ少しづつ味わって、やがて空になりました。
   終わってしまったかを思わせますが、
   ビンの中に残るカラカラとした響きが、
   少しすっぱいレモネードの味を思い出させるのです。

 レトロ感としてラムネ・サイダー・ビードロ・レモネード(レモネイドと書いてもよかったかも?)があり、今ではあまり知られていないかも知れないラムネの飲み方を通して、男女の駆け引きを想像させる工夫です。