そこを違和感無くつなげるか???

 映像を編集していて、広い絵とアップの絵を交互につないでいくことが多いのですが、この絵とこの絵はつながるだろうか?と思い悩むことがあります。テンポを考えると別の絵をはさみたくない!だけど、違和感があるとダメな編集のほうが気になってしまい、主題が伝わらない。

 腕のいい編集マンは、その絵がつながるのか?つながらないのか??などを考えないで、尺を調整したりそこまでの絵のつながりを調整するなどして、そこをつなげるための工夫をします。

 文章を書く時にも『ソロアイドルの場合、4~5年が限界という話を聴いたので、そちらを参考にしました。とのことですが、現実はそうかも知れませんが物語って奴は、作り手の表現したいことが伝わるかどうかが問題で、そのためにその事実(アイドルは4~5年が限界)を、違和感無く使えるか(そこを違和感無く進行できるか)どうかが問題だと思います』や『もしもコーヒー代の600円だけ小銭をポケットに入れると、歩くたびにチャリチャリと音がしてしまいます。それと、大人である主人公は、ちょうどよりも多めに持っている方が安心できる気がしました』というのも、休みの日だけは子供の頃のように、必要な分の小銭を握りしめて買い物に出かけたいなどと書くとかして、さもそれが当然だ!的な工夫を考えて、どうすれば話が印象的になるのかを考えるほうが腕があるような気がする。

オリジナリティをどこで出す???

文章の話なんですけど。
読む側を文章に引っ張り込んで『感情移入』や『疑似体験』をさせる時、エピソードを盛り込んで『ああ、そういうことよくある!ある!』と思わせれば、かなりの近道じゃないだろうか?

兄弟の話の場合『三つ違いで、幼いころ泣き虫だった僕をいつもかばってくれた』とか『とにかくついて回り、いろんなことを真似るんだけど一つもうまく出来ずにしょんぼりとしていると、頭を撫でて「大丈夫、大丈夫だよ」とよく声を掛けてくれた』とか『学校に行く時、ノロノロと歩く僕に寄り添い「ゆっくり行こうね」と言ってくれた』など、さらに『ギュッと握ってくれた手の感触は今も忘れることができない』とか『ギュッと手を握り締め、僕の歩く速度に合わせてくれたてくれた手の感触は、今も忘れるとことが無い』などを書き込めば、誰だって子供の頃は手をつないで歩いていただろうから、そんな記憶がよみがえって『有るある』と思えば、シメタモノ。ではないだろうか。

そんなエピソードの何をどう読ませるのか?そこを考えるだけでもセオリーの中のオリジナリティは出そうな気がする。

ボケと突っ込み!!振りと落ち!!!

一部の物書きの中で、というか物書き未満の人の中には『最後の最後に実際に言わせたり説明してしまったら芸がないと思っていますので』などと言う人がいるようですが、それで『芸が無くなるようでは、しょせんそれまでの作品』ということでしょう。

しっかりとけじめをつけて伝えたいことが伝えられているかどうか?

想いというか作品のイメージが伝えられていなければ、芸があるとか無いの前段階の問題で、意味が無い作品となりそうです。

 

 

文の魂!失くした自転車!!

 駅前の交番に若い男が、ひどくあわてて飛び込んで来ました。
「大変だ大変だおまわりさん」
「どうしたんですか? 何があったんですか?」
 一人机について書類をまとめていた年配の警官は動揺することも無く、作業を続けながら対応します。
「自転車が、自転車が盗まれました」
 飛び込んできた男は、警官が仕事をしていた机に両手を突いて肩で息をしながらも大声で訴えました。
 警官は圧力を感じて、くるりと体を男の方に向けます。
「どこに置いておいたんですか?」
「駅のロータリーに、駅のロータリー脇に置いた自転車が盗まれました」
「駅のロータリー脇。ああ、あそこみんな置くからね。駐輪所じゃないのに」
 そう言いながらも、警官が机の引き出しから盗難届けの書類を出します。
「色は何色なの?」
「黒です」
「大きさは?」
「27インチです」
「タイプはどんなタイプ?ママチャリ?」
「いえ、スポーツタイプで、大きく見えますけど細くて軽いんです」
 警官の質問にテンポよく答える男。息もしだいに整って、落ち着いた様子を見せます。
 年配の警官は、相手を上手い具合に自分のペースに誘い込み、書類の仕上げに掛かります。
「なるほど。27で色黒のスポーツタイプ。細身で大きいけど見た目より軽い感じだね。それで名前は?」
「のり子です」
「のり子って、キミ男だろ?」
「あ、自転車の名前です」