帆船。なんて読む??

T-静岡が9/23 (土) の10:40 ~ 10:55 に15分放送した『海と日本プロジェクト 山梨と静岡の小学生が海を学ぶ 海かるたがはぐくむ絆』のナレーションで帆船を「ほせん」と読んでいた。

「はんせん」もしくは「ほぶね」と読むべきでは?

タイトルに『小学生が海を学ぶ』と入っていながら、こんなことでいいのだろうか?

弁当についている葡萄!!

秋になり、ロケ弁のフルーツに葡萄が登場するようになりました。

最近のブドウは皮ごと食べるんですね!

隣でしゃがんで弁当を食べていたカメラマンの先輩が『どうも上手くむけないなぁ』とブドウの皮をむいていたところ。
『それ、そのまま食べるんですよ』って若いカメラアシスタントに言われて驚いてました。
『うそだ!またまた~♪』なんて疑ってましたが、皮ごと食べてみたところ、なんと皮まで美味しいと驚いていました。

ブドウは皮をむいて食べるものだと思って、これまで生きてきたらしいです。

それを見てボクも皮ごと頂きました。

皮の部分がしっかりと歯応えがあってフルーツを食べている感触で、とても気に入りました。
味覚の秋。これからが楽しみです!

まずは絵にあった音が撮ってこれるか!!

撮影した映像を編集して音楽やナレーションをつけ、見やすく判りやすくする時に、人の声ではなくコンピューターで作った音声をナレーションとしてつけることがあるようですね。

最近のコンピューター音声は人のしゃべりに近づいたようで結構流暢な感じですが、やはりまだ少し違和感があるようです。
その違和感が気になりだすと、映像の中身が入りづらいのかな?と思うのですが、無いよりはまし?なのでしょうか?

少しぐらいヘタでも人の声でナレーションを入れるのはいいのか?文章どおり読んでくれるパソコンの合成音声がいいのか?

どちらがいいのでしょうね?

そんな音問題ですが、撮影時に取材現場の音をよく聞いて、欲しい音を撮ってくるというのが一番度肝を抜くんじゃないかと思うのです。
度肝を抜くかどうか?あまりにも自然すぎて気づかないかも知れませんが、映像にシンクロした音が一番自然で、映像と共に受け入れられやすく、そんな『音』を、取材の段階で気にしながらピックアップしている取材者(カメラマン)がいるってことに驚くのではないかと思います。気づけばの話ですが。

山の風景に鳥の鳴き声を入れたり、祭りのインタビューを入れたりすれば、後々ナレーションを入れる必要もないのかな?と思ったりしています。

それで、所々にちょっとづつ自分の声でナレーションを入れることを考えてみてもいいのかも?
長い文章だととちりやすくて、文字を見ただけで自信が無くなりそうですもんね。

どう思います?