人も自然の一部

彼岸花(曼珠沙華)大きな自然災害が起こると、人はその脅威に恐れおののき、自分の存在がいかに矮小である事に気付かされます。

『天災は忘れた頃にやってくる』

しかし、かつての日本人は自然に対する恐れとともに感謝を忘れる事はありませんでした。

和暦にも自然やその成り立ちに感謝する行事が沢山出てきます。

お彼岸は太陽が真西に沈む春分・秋分の日に、西方浄土を想像しご先祖を供養する習慣で、正確には「彼岸会(ひがんえ)」と言います。

彼岸そのものについては、煩悩を脱した悟りの境地のことで、煩悩や迷いに満ちたこの世をこちら側の岸「此岸」(しがん)と言うのに対して、向う側の岸「彼岸」と言います。

そのお彼岸には仏前に「おはぎ」を供えますが、地域によっては「ぼた餅」とも呼びます。
これを漢字で書くと「お萩」と「牡丹餅」で、小豆の粒を萩の花に見立てて「お萩」、牡丹の花に見立てて「牡丹餅」。つまり春は牡丹ですから「ぼた餅」、秋は萩で「おはぎ」ということになります。小豆の赤色には災いが身に降りかからないようにするおまじないの効果もあるという事です。

このように日本人の心の底流には、自然に対して畏敬の念を抱いてきた歴史があり、植物を初めとするその色は伝統文化や芸術に色濃く反映しています。

こうした色使いは東洋文化そのものであるといっても過言ではありません。

しかし、最近はその自然に対する畏敬の念が失われつつあるように思います。

東日本大震災 (津波に襲われた町)
ネイバージャパンより転載
舗装された道路を車で自由に走り、電化製品で囲まれた生活は、人間にとっては大変便利なものであるのかもしれませんが、その基盤が失われた時には経済や生活基盤そのものを揺るがされてしまいます。

つまり、お金も道路も車も電化製品も、人間以外には役に立つものではないということです。

東日本大震災の被害の深刻さは、人間の傲慢さをあざ笑うような仕打ちともいえますが、その自然を感じる機会を自らが遮蔽していては、勘違いするのも無理はありません。

ではどうしたら人間がその存在を奢ることなく、地球とともに歩む事が出来るようになるでしょう?

せせらぎヒントは身近な自然を見ることです。例えば外で育つ植物は常に自然にさらされています。一旦根を生やすとそこからは動けません。風が吹き、雨が降り、その力を受け流しながら必要な力を取り入れる能力を持っています。その形は実に合理的で、生きる力そのものであり、神秘的な美しさだと感じます。

自然から学ぶ。その大切さを忘れない。自然が猛威を振るっている今こそ、人間も自然の一部である事を感じる必要があります。

トムソーヤ倶楽部「河口湖自然樂校」

静岡の地元放送局、SBS放送にトムソーヤ倶楽部という一般市民の50歳以上が条件の趣味を中心としたクラブがあります。

そのクラブのメンバーが、タレントの清水國明さんが校長を務める「河口湖自然樂校」に一日体験入学の様子をまだ会社設立する前に制作したものです。
(早いもので、もう4年も経つんですね)

団塊パワーが存分に発揮されていて、とても楽しいビデオに仕上がっています。
手前味噌ですみません。(^^; (^-^)/
※ ↓ 画面をクリックで動画ページに移動します。

「河口湖自然樂校」一日体験入学